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守るべきもの

心療内科③

その夜

リビングでは

何も知らない三人の子供達が

いつものように食事を済ませ

寛いでいる。

 

「健斗はほんとゲーム下手だなぁ。

そこはそんなじゃダメなんだよ。

ちょっとお姉ちゃんに

貸してごらんよ」

 

長女の美織が

テレビゲームに夢中な健斗の

コントローラーを取り上げた。

 

「なんだよ、返せよ。

僕自分で出来るんだから。

お姉ちゃんより僕の方が

全然うまいんだから返せ。

お母さん!美織が

僕のコントローラー取ったぁ!」

 

「あ、そこ、そんなんじゃ駄目だよ。

美織ちょっとお兄ちゃんに貸しなよ。

いいからちょっと貸して。

あーほら失敗。

お兄ちゃんならクリア出来たのに

美織も健斗もまだまだ修行が足りん」

と悠真。

 

「お兄ちゃんが邪魔したからだよ。

じゃなきゃ私クリア出来てましたぁ。

ようしもう一回!」

と美織。

 

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも

邪魔すんなぁ。

僕がやってたんだから返せ。

返せってばー!

お母さん、ねぇお母さーん

お兄ちゃんとお姉ちゃんに言ってよぉ」

と健斗。

 

 

 

昔と何も変わらない……。

 

我が家の夕食後のリビングは

いつものように賑やかだ。


なんだかんだ言っても

仲良しの三人兄弟。

 

三人の無邪気な笑顔

楽しげな声

私の大事なたからもの。

 

元々仕事の多忙を理由に

子供に対して淡泊な夫。

 

元々仕事とゴルフ以外

家庭や子供達に

ほとんど興味を示さない夫。

 

これをいうと皆に驚かれるが

3人も子供がいるのに

学校行事も参加したことがない。

 

そんな夫と

朝以外殆ど会う時間が無い子供達は

まだ夫の変化に

気付いていない。

 

 

「ほらほら

あなたたち宿題終わったの?

ゲームもいいけど

宿題早く終わらせて

順番にお風呂入ってよ。

もうこんな時間なんだから」

 

私は無理矢理口角を上げた。

 

子供達にとっては

いつも通りの夜。

 

 

 

そして

子供達が

それぞれの部屋で

深い眠りについた頃

ようやく夫の車が

家のガレージに入る音がした。

 

 

 

 

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心療内科②

私は一人きりで

この不安を抱えるのは

もう限界だった。

 

 

 

 

会社帰り

私は生れて初めて

街の小さな心療内科を受診した。

 

こんなにも

私の心を不安にさせる

夫の豹変。

 

あんなに穏やかだった夫は

もう私の前には存在しない。

 

どんどん変わっていく夫が

私は怖くてたまらないのだ。

 

 

 

診断は全般性不安障害

 

私は生れて初めて

精神安定剤というものを

この手にした。

 

私にとって未知のその白い粒。

 

一生使うことは無いだろうと

思っていた向精神薬

 

それを

手にしたことがなんだか怖くて

私は急いでもらった薬の袋を

バックの奥に押し込んだ。

 

 

 


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心療内科①

「……おはよう」

 

翌朝

ワイシャツを羽織り

二階から降りてきた夫に

そう声をかけた。

 

もちろん

夕べの壁の穴の出来事には

一切触れない。

 

触れられないと言ったほうが正しい。

 

おはようと

夫から

以前のような返事が返ってくれば

私たちはまだ大丈夫。

 

そんな私の小さなカケ。

 

しかし、返事は返って来ない。

 

健太郎さん

味噌汁食べるでしょ?」

 

「……いらない」

 

平静を装う私に

吐き捨てるように言うと

夫は洗面所へと向かった。

 

今の夫から感じるものは

私への得体の知れない

怒りと苛立ち。

 

会話をする度

今までとは違う

夫の冷たい言葉が

 

昔と変わらず

無防備なままの私の心に

容赦なく突き刺さる。

 

その度

私の心からは血が流れ

鋭い痛みに

私はその顔を歪めるのだ。

 

 いったいあなたに何があったの?

私がなにをしたの?

本当のことを言ってよ。

 

これ以上

傷つけられるのが怖くて

吐き出せずに飲み込む言葉。

 

大丈夫。

暫くすれば

きっと元の夫に戻るはず。

時間が解決してくれるはず。

 

しかし心の中のもう一人の私は

どうしてもそれで良しとはしない。

 

本当はなにか

隠し事があるんじゃないだろうか。

私には言えない何か。

 

大きな不安の渦の中に

私はどんどん

呑み込まれていった。

 

もうしばらく

夜もほとんど眠れていない。

 

食事もあまり摂れていない。

 

家事も仕事も

以前のようにはできなくなった。

 

私が私でなくなってしまいそうで怖い。

 

このままでは私

正気を失ってしまうのではないだろうか。

 

もしそんなことになったら

大事な三人の子供たちは

いったいどうなる。

 

家庭は?

 

設計事務所は?

 

きっとみんなめちゃくちゃになってしまう。

 

私しか出来ないこと

私がやるべきことが

家にも事務所にもたくさんあるのだ。

 

代ってくれる人なんていない。

いったいどうしたらいいのだろう。

 

でもこんなこと

相談できる人は誰一人いない。

 

私は一人きりで

この不安を抱えるのは

もう限界だった。

 

 

 

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香水⑥

午前二時を過ぎた頃だった。

ゴルフから夫が帰宅した。

 

着替えの入ったバックを抱えた夫が

入ってきたリビングに

今朝の香水の残り香が

微かに広がる。

 

匂いに敏感は私は

その匂いに今までとは違う夫の

不穏な変化を感じた。

 

「おかえりなさい……お疲れ様」

 

早朝から出かけるゴルフで

こんな夜中まで夫が帰ってこない

ことは今までにはない。

 

いつもは夕方には帰って来ていた。

 

夫はこんな時間まで

どこでなにをしていたのだろう。

 

二階で眠る三人の子供達に

話を聞かれる心配の無いこの時間は

話し合うには都合が良いのでは

ないだろうか。

 

お風呂を済ませ

パジャマに着替え

寝室に来た夫に声をかけた。

 

「疲れてるだろうけど

ちょっとだけいい?」

 

「……なんだよ」

 

夫はするりとベッドに潜り込み

私に背を向ける。

 

健太郎さん、なにかあったの?」

 

「……」

 

「所長になって大変なのはわかってる。

だけどずっと話もしてないし。

なにかあるのなら言ってほしいの」

 

そんな私の言葉にいきなり振り返ると

夫はみるみるその顔を赤くした。


「なんにもないよ!

お前には関係ないだろ!

いちいちうるさいな!」

 

「え?なに怒ってるの?

あなたが一人で

なにか悩んでるんじゃないかって

心配だから聞いただけだよ」

 

「うるさい!黙ってろ!

お前には関係ないんだよ!」

 

夫は起き上がりそう言うと

壁に拳を二度叩きつけた。

 

私は息を呑む。

 

私はこんな風に激高する夫を

今まで一度も見たことが無い。

 

夫は寝室を出て行った。

 

壁に記された怒りの痕跡と

怯える私を残して。

 

目の前で起きたことは何なのか。

 

私はあまりの驚きに

夫の後を追うことも出来ず

ベッドの上にへたり込む。

 

膝に置いた手が

ぶるぶると小刻みに震える。

 

きっと……

きっと夫はストレスで一時的に

おかしくなっているだけ。

 

すぐに元の夫に戻るはず。

 

穏やかで優しかった夫に。

 

今は私が冷静にならなければ。

私が我慢しなければ。

 

夫にとって

今が一番大変な時なのだから。

 

夫が元の夫に戻るまで

私が夫を支えなければ。

 

 

 

 

私は壁の穴を見つめながら

自分の心に何度もそう言い聞かせた。

 

 

 

 

 

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香水⑤

日に日に変わっていく夫。

 

夫は深夜に帰宅することが多くなり

私とは必要最低限のことしか

話をしなくなった。

 

どう見ても

明らかに夫は私を避けている。

 

もう気のせいでは済まない。

 

そんな初めて見る

変わりゆく夫の姿に

私は酷く戸惑った。

 

知り合って24年

結婚して20年。

 

私たち夫婦に

これといって大きなもめ事はなく

大きなケンカもない。

 

私にはいくら考えても

こうなる原因に思い当たることが

無いのだ。

 

 

 

なにかがおかしい……。

 

 

 

ある日ふと気が付いた

夫の小さな変化は

日に日に大きくなり

今では私の心を

不安で埋め尽くしていた。

 

香水④

それから

会話していても

夫がどこか上の空のようで

二人の間の会話が少しだけ減った

気がした。

 

初めは単純に

夫は疲れているのだと思った。

 

それには理由があった。

 

半年前

45歳で夫は義父のあとを継ぎ

社員5人の小さな設計事務所

所長となった。

 

夫は昔から人付き合いが苦手で

取り立てて飲みに行くような

友達もいない。

 

結婚してからずっと

夫は事務所と家を

往復するだけの生活で

遊びと言えば

義父と下請け会社と行く

週末の接待ゴルフだけ。

 

それもいつも

決まった下請けの

決まったメンバーとしか行かない。

 

けして無愛想ではないけれど

あまり人の印象に残るような

人ではなかった。

 

 

 

そんな夫が所長になった途端

その生活は一変した。

 

一気に人と接する機会が増え

一日図面を引いていた頃とは

全く違う生活を送ることになった。

 

そのことが

想像以上に夫の負担に

なっているのではないかと

私は心配をしていた。

 

人付き合いを

ほとんどしてこなかった夫が

ストレスで鬱にでもなりはしないかと。

 

 

 

「お前は良いな。

昔から人付き合い得意だもんな。

俺がお前なら良かった」

 

ある日夫が私にぽつりと言った。

 

こんな時こそ私が夫を支えよう。

今がその時。

 

私は心の中でそう決めた。

そんな矢先だった。

 

 

しかし私の思いをよそに

夫の変化は止まるどころか

加速の一途を辿っていくのだ。

 

 

 

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香水③

そんな我が家に

小さな変化が訪れたのは

半年ほど前。

 

それは初めはともすれば

見落としてしまいそうな

とても小さなものだった。

 

 

 

「ねえ、健太郎さん

ちゃんと聞いてる?」

 

私は

ダイニングテーブルに向かい合い

夕食を食べる夫の顔を覗き込む。

 

「ん?え?なんだっけ」

 

「今ずっと説明してたでしょ。

悠真の進路の三者面談。

来週の月曜日の4時から。

いつも学校に行くの私ばかりだから

たまには健太郎さんに行って欲しいの。

裕真の大学進学の大事な話だから」

 

「ん?ああ、わかった、わかった。

時間空けておくよ」

 

「お願いね。忘れないでね」

 

「大丈夫だってば」

 

「ほんとかなぁ」

 

悠真は高校に入学するとき

義父と夫と同じ建築士になるべく

四大の建築学部を目指すことを決め

コースを選択した。

 

それは長年の

義父母とそして夫の強い希望でもあった。

 

義父母と夫は

将来悠真が義父の設計事務所

入り後を継いでくれることを

強く望んでいた。

 

そして設計事務所

大きく出来ればと考えていたのだ。

 

「いいか、悠真は

将来建築士になって

おじいちゃんの設計事務所

継ぐんだぞ!」

 

義父と夫は悠真に小さいときから

そう言い聞かせていた。

 

私はこっそりと

建築士がいやなら

他の道に進んでも

なにも問題はないのだと

悠真に説明をしたが

 

「おじいちゃんとお父さんが

選んだ道を僕も進みたい。

お母さんあまり心配しないで」

 

悠真は私にそう言った。

 

 

 

夫はそんな悠真の夢を

一番喜んで心から応援していた。

 

なのに……。

 

悠真の大学進学の話に

いつもは誰よりも熱心夫が

その日はまるで心ここにあらずで。

 

珍しいな。

どうしたんだろう。

 

それが

私が夫に違和感を感じた最初だった。

 

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