庭先のライラックが ほのかに甘い香りを放つ リラ冷えの5月。 今夜は 息苦しい程 激しい雨が降っている。 この4日 立て続けに 夫の帰宅は午前様だった。 今夜もまた 時計の針は12時をまわった。 いつだったか 連日帰りが遅いことを夫は 「社長会の付き合い…
子供達が それぞれの部屋で 深い眠りについた頃 ようやく夫の車が 家のガレージに入る音がした。 「おかえりなさい……。 ご飯食べるでしょ?」 「……」 私の問いに無言のまま 夫はお風呂場に向かった。 夫は入浴をすますと ビールを片手にソファに座り 録画し…
その夜 リビングでは 何も知らない三人の子供達が いつものように食事を済ませ 寛いでいる。 「健斗はほんとゲーム下手だなぁ。 そこはそんなじゃダメなんだよ。 ちょっとお姉ちゃんに 貸してごらんよ」 長女の美織が テレビゲームに夢中な健斗の コントロー…
私は一人きりで この不安を抱えるのは もう限界だった。 会社帰り 私は生れて初めて 街の小さな心療内科を受診した。 こんなにも 私の心を不安にさせる 夫の豹変。 あんなに穏やかだった夫は もう私の前には存在しない。 どんどん変わっていく夫が 私は怖く…
「……おはよう」 翌朝 ワイシャツを羽織り 二階から降りてきた夫に そう声をかけた。 もちろん 夕べの壁の穴の出来事には 一切触れない。 触れられないと言ったほうが正しい。 おはようと 夫から 以前のような返事が返ってくれば 私たちはまだ大丈夫。 そんな…
午前二時を過ぎた頃だった。 ゴルフから夫が帰宅した。 着替えの入ったバックを抱えた夫が 入ってきたリビングに 今朝の香水の残り香が 微かに広がる。 匂いに敏感は私は その匂いに今までとは違う夫の 不穏な変化を感じた。 「おかえりなさい……お疲れ様」 …
日に日に変わっていく夫。 夫は深夜に帰宅することが多くなり 私とは必要最低限のことしか 話をしなくなった。 どう見ても 明らかに夫は私を避けている。 もう気のせいでは済まない。 そんな初めて見る 変わりゆく夫の姿に 私は酷く戸惑った。 知り合って2…
それから 会話していても 夫がどこか上の空のようで 二人の間の会話が少しだけ減った 気がした。 初めは単純に 夫は疲れているのだと思った。 それには理由があった。 半年前 45歳で夫は義父のあとを継ぎ 社員5人の小さな設計事務所の 所長となった。 夫は…
そんな我が家に 小さな変化が訪れたのは 半年ほど前。 それは初めはともすれば 見落としてしまいそうな とても小さなものだった。 「ねえ、健太郎さん ちゃんと聞いてる?」 私は ダイニングテーブルに向かい合い 夕食を食べる夫の顔を覗き込む。 「ん?え?…
今から24年前。 夫は大学の写真サークルの 二つ上の先輩で 私が入学した年の春 新入生歓迎会の席で たまたま隣に座ったのが 出会いだった。 学生達のたまり場の居酒屋で 自己紹介が一巡した後 お酒が入り馬鹿騒ぎを始める仲間達。 夫はその輪には入らず ち…
朝日の中を 桜吹雪が舞っていた。 夕べの優しい雨の名残を 身に纏った花びらは きらきらと美しく輝いている。 ここは北海道の小さな街。 この街も この2週間の暖かさで あっという間に 桜が満開を迎えた。 私の家の隣には 小さな公園があった。 そこには一本…