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守るべきもの

雨の夜①

庭先のライラックが ほのかに甘い香りを放つ リラ冷えの5月。 今夜は 息苦しい程 激しい雨が降っている。 この4日 立て続けに 夫の帰宅は午前様だった。 今夜もまた 時計の針は12時をまわった。 いつだったか 連日帰りが遅いことを夫は 「社長会の付き合い…

心療内科④

子供達が それぞれの部屋で 深い眠りについた頃 ようやく夫の車が 家のガレージに入る音がした。 「おかえりなさい……。 ご飯食べるでしょ?」 「……」 私の問いに無言のまま 夫はお風呂場に向かった。 夫は入浴をすますと ビールを片手にソファに座り 録画し…

心療内科③

その夜 リビングでは 何も知らない三人の子供達が いつものように食事を済ませ 寛いでいる。 「健斗はほんとゲーム下手だなぁ。 そこはそんなじゃダメなんだよ。 ちょっとお姉ちゃんに 貸してごらんよ」 長女の美織が テレビゲームに夢中な健斗の コントロー…

心療内科②

私は一人きりで この不安を抱えるのは もう限界だった。 会社帰り 私は生れて初めて 街の小さな心療内科を受診した。 こんなにも 私の心を不安にさせる 夫の豹変。 あんなに穏やかだった夫は もう私の前には存在しない。 どんどん変わっていく夫が 私は怖く…

心療内科①

「……おはよう」 翌朝 ワイシャツを羽織り 二階から降りてきた夫に そう声をかけた。 もちろん 夕べの壁の穴の出来事には 一切触れない。 触れられないと言ったほうが正しい。 おはようと 夫から 以前のような返事が返ってくれば 私たちはまだ大丈夫。 そんな…

香水⑥

午前二時を過ぎた頃だった。 ゴルフから夫が帰宅した。 着替えの入ったバックを抱えた夫が 入ってきたリビングに 今朝の香水の残り香が 微かに広がる。 匂いに敏感は私は その匂いに今までとは違う夫の 不穏な変化を感じた。 「おかえりなさい……お疲れ様」 …

香水⑤

日に日に変わっていく夫。 夫は深夜に帰宅することが多くなり 私とは必要最低限のことしか 話をしなくなった。 どう見ても 明らかに夫は私を避けている。 もう気のせいでは済まない。 そんな初めて見る 変わりゆく夫の姿に 私は酷く戸惑った。 知り合って2…

香水④

それから 会話していても 夫がどこか上の空のようで 二人の間の会話が少しだけ減った 気がした。 初めは単純に 夫は疲れているのだと思った。 それには理由があった。 半年前 45歳で夫は義父のあとを継ぎ 社員5人の小さな設計事務所の 所長となった。 夫は…

香水③

そんな我が家に 小さな変化が訪れたのは 半年ほど前。 それは初めはともすれば 見落としてしまいそうな とても小さなものだった。 「ねえ、健太郎さん ちゃんと聞いてる?」 私は ダイニングテーブルに向かい合い 夕食を食べる夫の顔を覗き込む。 「ん?え?…

香水②

今から24年前。 夫は大学の写真サークルの 二つ上の先輩で 私が入学した年の春 新入生歓迎会の席で たまたま隣に座ったのが 出会いだった。 学生達のたまり場の居酒屋で 自己紹介が一巡した後 お酒が入り馬鹿騒ぎを始める仲間達。 夫はその輪には入らず ち…

香水①

朝日の中を 桜吹雪が舞っていた。 夕べの優しい雨の名残を 身に纏った花びらは きらきらと美しく輝いている。 ここは北海道の小さな街。 この街も この2週間の暖かさで あっという間に 桜が満開を迎えた。 私の家の隣には 小さな公園があった。 そこには一本…