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守るべきもの

香水⑥

午前二時を過ぎた頃だった。

ゴルフから夫が帰宅した。

 

着替えの入ったバックを抱えた夫が

入ってきたリビングに

今朝の香水の残り香が

微かに広がる。

 

匂いに敏感は私は

その匂いに今までとは違う夫の

不穏な変化を感じた。

 

「おかえりなさい……お疲れ様」

 

早朝から出かけるゴルフで

こんな夜中まで夫が帰ってこない

ことは今までにはない。

 

いつもは夕方には帰って来ていた。

 

夫はこんな時間まで

どこでなにをしていたのだろう。

 

二階で眠る三人の子供達に

話を聞かれる心配の無いこの時間は

話し合うには都合が良いのでは

ないだろうか。

 

お風呂を済ませ

パジャマに着替え

寝室に来た夫に声をかけた。

 

「疲れてるだろうけど

ちょっとだけいい?」

 

「……なんだよ」

 

夫はするりとベッドに潜り込み

私に背を向ける。

 

健太郎さん、なにかあったの?」

 

「……」

 

「所長になって大変なのはわかってる。

だけどずっと話もしてないし。

なにかあるのなら言ってほしいの」

 

そんな私の言葉にいきなり振り返ると

夫はみるみるその顔を赤くした。


「なんにもないよ!

お前には関係ないだろ!

いちいちうるさいな!」

 

「え?なに怒ってるの?

あなたが一人で

なにか悩んでるんじゃないかって

心配だから聞いただけだよ」

 

「うるさい!黙ってろ!

お前には関係ないんだよ!」

 

夫は起き上がりそう言うと

壁に拳を二度叩きつけた。

 

私は息を呑む。

 

私はこんな風に激高する夫を

今まで一度も見たことが無い。

 

夫は寝室を出て行った。

 

壁に記された怒りの痕跡と

怯える私を残して。

 

目の前で起きたことは何なのか。

 

私はあまりの驚きに

夫の後を追うことも出来ず

ベッドの上にへたり込む。

 

膝に置いた手が

ぶるぶると小刻みに震える。

 

きっと……

きっと夫はストレスで一時的に

おかしくなっているだけ。

 

すぐに元の夫に戻るはず。

 

穏やかで優しかった夫に。

 

今は私が冷静にならなければ。

私が我慢しなければ。

 

夫にとって

今が一番大変な時なのだから。

 

夫が元の夫に戻るまで

私が夫を支えなければ。

 

 

 

 

私は壁の穴を見つめながら

自分の心に何度もそう言い聞かせた。

 

 

 

 

 

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